ワカバタウンの春は、いつも花のにおいから始まる。
ぼくが十歳になったあの日、ウツギ博士の研究所で最初に目が合ったのは、首をかしげてこちらを見上げる小さなチコリータだった。頭の葉っぱをぴこぴこ揺らして、まるで「きみ、遅かったね」とでも言いたげな顔をしていた。
「そいつは少し気が強いぞ」と博士は笑ったけれど、ぼくには分かった。気が強いんじゃない。ただ、まっすぐなんだ。
ぼくはその子に「ハルカゼ」と名前をつけた。連れて歩くと、いつも春の風みたいなにおいがしたから。
二
旅は、正直に言えば失敗の連続だった。
最初のジム戦では、ハルカゼのはっぱカッターがことごとくかわされて、ぼくらはぼろぼろになって宿に帰った。ぼくが布団の中で悔し泣きしていると、ハルカゼは葉っぱの先でぼくの頬をぺちぺち叩いた。「泣いてる暇があるなら特訓しよう」って言うみたいに。
夜の湖のほとりで、ぼくらは何度もはっぱカッターの軌道を練習した。月の光が水面に揺れて、ハルカゼの放つ葉が銀色に光りながら弧を描いた。百回目くらいでようやく、葉が狙いどおりに曲がった。ハルカゼは得意げに胸を張り、ぼくは笑いすぎてお腹が痛くなった。
再戦の日、ぼくらは勝った。バッジよりもうれしかったのは、勝負のあとハルカゼが真っ先にぼくの胸に飛び込んできたことだった。
三
ベイリーフに進化したのは、ヒワダタウンを出てすぐの森だった。
道に迷ったぼくらは、夕立に降られて大木の下で震えていた。そのとき、崖の上から落石が来た。考えるより先にぼくはハルカゼをかばって——でも実際にぼくを突き飛ばしたのはハルカゼのほうだった。まばゆい光に包まれて、ひとまわり大きくなったベイリーフが、つるのムチで岩を弾き飛ばした。
雨の中、ぼくらはしばらく黙って抱き合っていた。守りたいと思っていたのはぼくだけじゃなかったんだと、そのとき初めて知った。
四
メガニウムになったハルカゼは、歩くだけで足元に小さな花が咲くような、そんな存在感があった。首のまわりの大きな花びらからは、疲れた心をほぐす甘いにおいがした。
リーグの舞台で、ぼくらは決勝まで勝ち進んだ。相手は炎タイプの使い手。誰もがぼくらの負けを予想した。
最後の一体同士になったとき、会場は静まり返っていた。炎の渦の中で、ハルカゼは倒れなかった。焦げた花びらを揺らして、それでもまっすぐ前を見ていた。あの日、研究所で首をかしげてぼくを見上げた、あのまっすぐな目のままで。
「ソーラービーム、いこう」
声が震えた。ハルカゼの花びらが光を集めて、会場じゅうが金色に染まった。
結果は——負けだった。ほんの一瞬、届かなかった。
でも、倒れたハルカゼに駆け寄ったぼくが泣きながら「ありがとう」と言ったとき、ハルカゼは葉っぱの先で、あの日と同じようにぼくの頬をぺちぺち叩いた。「泣いてる暇があるなら、また特訓しよう」って。
五
あれから何年も経った。
ぼくは今、ワカバタウンで小さなポケモン預かり所をやっている。庭ではハルカゼが、新米トレーナーの連れてきたチコリータたちに、はっぱカッターの曲げ方を教えている。月夜の湖で百回練習した、あの軌道を。
夕暮れどき、ハルカゼは決まってぼくの隣に来て、大きな体をそっと寄せる。首の花から春の風のにおいがする。
「なあ、ハルカゼ。ぼくらの旅、チャンピオンにはなれなかったけどさ」
ハルカゼは首をかしげて、ぼくを見る。あの日のままの、まっすぐな目で。
「最高の旅だったよな」
返事の代わりに、花びらがふわりと揺れた。庭のすみで、小さな花がひとつ、咲いた。
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2:59:08 ソーラン節
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クチクサ高校
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こっわ
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