ねこだまし、アストラルビット、ボディプレス……
ダブルの強技はだいたいゾロアークに効かない。
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(あとがたりについて)
“良い人”になることで確かに社会の中で生きやすくなるし、たとえばYouTuberにも向くんだろうけど、それは処世術であって、少なくとも自分の本質ではねえなと強く感じているところです。
挑戦してみたいことや声高に言ってやりたいことが胸中に山程ある。でもそれを強行しようとすると少なからず誰かを傷つけると分かっていて、自己表現を躊躇う。そういう人他にもいるんじゃないかなー。
ゾロアークよろしく、うまく隠せていると思い込んでいても、だいたいの人には感付かれているものですけどね。僕についても恐らくそうでしょう。
というかインゲンって、「内側に何かしらの狂気や情熱を秘めている人のためのコンテンツ」じゃないかとすら思う。すでに至極開放的に生きている人とインゲンは相性が良くないなとここ6年ほどの活動で感じています。
ニヒルぶってやってなかったこと、一つずつやってみようかな……。
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#ポケモンSV #ポケモン #藍の円盤 #ヒスイゾロアーク
やらない偽善よりやる偽善という言葉があります。
優しい人にはなれなくとも、優しくあろうとする人にはなれますから…
(個人的な話で申し訳ないのですが、インゲンさんがポケモン実況者体力測定にいらっしゃらなかったのが凄くショックで…あんなに見たいやりたいって言ってらっしゃったので…)
後語り、考えさせられました。
“優しくあるべき”という感覚に縛られて葛藤すること、カントの定言命法をふと思い出しました。
外形的にでも優しくあろうと努め、実際にそういった行動に移せるのもまた優しさの一つだと思います!
理想と本心のギャップに驚きつつもしっかり自分を省みることができるのは、インゲンさんがまっすぐで誠実だからだと感じました。
誰にでも刺さる言葉な気もする。心のうちを全て曝け出してる人なんてほぼ居ないから。
一戦目の最後の方、ワイガ→まもるは二連守ると同じで成功率3割なのでお気をつけて!
今回の動画も面白かったです!
要望なのですが、インゲンさんの声の音量を少しあげてほしいです🙇♂️
技を打っている間などに声が少し聴き取りづらかったです。
インゲンさんのお声には定評があるので、需要もあるかと…!
今日の後がたりとても好きでした! これを言うために10年以上YouTube見てるのに人生で初めてYouTubeでコメントしました笑
いつも観てる動画に
インゲンさんらしさがあると思ってます!
私は自分自身を完璧に知れるのは死ぬまで分かんないと思ってて、自分の情報収集の時期として過ごしてます!
~あるべき、社会的価値がないとだめって思ってるってとこに私もそう思ってるなぁって、頷きながら聞いてました。でも、自分の気持ちにもうちょっと正直になってもいいんだなって思いました。心が楽になるお話しをありがとうございました😊
4:53 敵倒して喜んでるところにザマゼンタ降ってくるの可哀想すぎるw
編成や展開にもよるけど、言われてみるといるだけで特性表示無しの子へのねこだましに心理的な抵抗持たせられるのって大きいんだなぁ。
初手で運に頼らず見極めようと思ったら、特性おみとおしで型判別するくらいしか無いんじゃなかろうか
30:30
同じこと経験してる人っているんですね…聞いてて自分だけじゃないんだと安心しました。
優しくしなきゃという強迫観念に囚われてたんですけど、上司にバッサリ言われてハッとしました。
ただそのおかげで、本当は社交性に自信がないから手段として優しさを使ってる自分に気づきました。私にとっての優しさって、寂しさを埋める代替行為だったんですね。
もっと人に話しかけようって気持ちになれたのは大きい収穫です。気づくって大事ですねー
「優しくすることが義務だ」と思えるのは「優しさ」だと思います
人は原子核みたいに、中心があって、その周りにそれを隠すように殻があるようなイメージ。中心はもともと持っているもの。殻は、社会に適応するためだったり、相手に嫌な思いさせないため、自分を良く見せたいために、経験や知識から作ったもの。たしかに後から出来た自分だけど、それもまた自分だし、それを否定するのはもったいないなと思う。
パデックさん主催のロマンギミック杯というダブルバトルの仲間大会があるらしい。ルール的にインゲンさんも好きそうなので、暇があったら参加してみて欲しいです。
MSおるやん
自分の場合、相手に優しくするのは自分がやりたいから、と考えています。
優しくすることに限らず、全ての行動は自分がそうしたいからするんだ、と。要するにエゴまみれですね。
優しさって人によって違って、自分が親切にしてると思っても相手にはありがた迷惑どころかただの迷惑になってることも、自分は優しくするのに相手は優しくしてくれないこともあります。
そういう経験をして、「ああ、人ってみんな違うんだな」って思ったので、相手のために行動するより自分のために行動して、その結果相手にもいいことがあればラッキー、ぐらいに思う方が楽だと気づきました。
自分の社会的価値の話もされていましたが、個人的には、その価値は他者からによってのみ決まるもので、自らでどうこうできるものではないと思います。
だからこそ、「自分」を前面に出して、個性を爆発させて生きて、いつか認められることを望む。それだけでいいと思います。
優しくしたいならする。理由が何であれ。
したくないならしない。理由が何であれ。
自分はそんな人間です。
自分は福祉の仕事をしてるのですが、「その仕事をしてるなんて優しい人だね」とよく言われます。
別の方には「自分より弱い人に優しくすることで優越感を得ているのだから、利己的で偽善だね」とも言われたこともありました。
だから、優しいからこの仕事をしてるのかこの仕事をしてるのか優しいのか、もしかしたら偽善を売ってお金にしてるのか分からなくなったこともありました。
結論としては優しいってそんな複雑じゃなくて、気分がいいから優しく出来る時もあれば、疲れてるから出来ないこともあって、どっちも自分だから否定するのは違うってなりました。
自分は普段がどんなインゲンさんか存じ上げない分、動画やバトオフで人のことを気遣って頑張ってる姿の見慣れたインゲンさんが好きです。
僕らに元気な姿を見せて動画を投稿してくれて、一視聴者として感謝しています。
次の動画投稿も楽しみにしています。
こういう後語り大好きだから嬉しいです
シングルよりも、単純な力関係で決まらないから、マイナーポケ輝かせるのに向いてそうねダブル
あと語りがない方がお得…それは認められん。
あと語りの語り口のテンションとか話す内容がインゲンさんのメンタルチェックや近況報告として個人的に必要不可欠な存在なので、あと語りのある方がお得!!
ダブルを知らないからこそ新しいイノベーションが起こる。是非ともインゲンさんはチャンピョンズでダブルやってほしいね
4:51 他のとこもだけど、ソルガレオ(ゾロアーク)とザマゼンタが息ぴったりで吠えるの可愛いな
後語りとてもわかります…自分も20代後半くらいまで同じ考えでした。今では自分に素直にめんどくせえなと思いつつも「やらぬ前よりやる偽善」の精神でやりたい時にだけやるようにしています。自分の心最優先でいいと思います。
既に型としてあったらごめんなさいなのですけど、ウーラオスの特性が辛いなら、防護パッドを押し付けたらどうにかできないかなって思いました。ウーラオスの強みがそれ以外にもあるのは承知ですけど。
「優しい人ほど怒らすと怖い」
これって性善的な優しい人ではなく、性悪的な自制によって優しさを持っている人を怒らせた場合なのだろうか?
ここからは27歳の自分語りです。
思春期を終えるまでは「率先して優しくあろうとする人」でした。
不特定多数の誰かのために何かをすることが正しいことだと、自分を犠牲にして全体が良い結果を得ることが喜びだと考えて動いていました。そうでなければ、社会の一員として役目を果たしていないとまで考えていました。
社会に出て2年経つ頃に、これをこのまま何十年と続けることは本当に幸せか?もっと自分のことだけ見て人生を楽しく過ごしてる人がいるじゃないか、「羨ましい」と感じている自分を自覚したときに、もういいかと思えました。
今では、身の回りの大切な人だけに優しさを持って気を配り、自分が幸せを感じられる結果を優先して追い求めるようになりました。
それでも社会は成立していて、周りの人間の幸福度の高まりを感じられて、今を楽しく生きられています。
誰かに優しくあろうとする人、社会貢献に人生をかけられる人のことを尊敬しています。私にとっては努力だったと言えるから。
善行をしないことは、悪行をしてないんだから悪いことじゃありません。
自分の機嫌がいいときに、気の向いたときに、なにか善行をすればいいと思います。
それをどこかに発信して、褒められて、自分の機嫌を取るのもまた一興。
かなり初期からインゲンさんへの私の勝手な印象は、本質的には意地悪なんじゃないかと思っていました(笑)
どちらかというと褒め言葉で、意地悪な戦術を思い付いたり対戦がうまい人ってそういう印象を持っていたので。
でも、他の人がコメントされているように、いい人を実践しているインゲンさんはいい人なのでそれでいい気がします。あと、自分の本質と行動が異なる矛盾とかフラストレーションって創造性の原動力な気がしててインゲンさんもそういうタイプかなーというのが勝手な印象でした。
なので、今回の後語りの内容は自分の中ではずっと思っていたイメージ通りという感じでした。
動画以上にあと語りが熱い。
インゲンの人間性は配信者としての真摯な対応とか他の人への配慮も含めて十分優しいと思う。
しかもコメントに対して立ち止まって考えたり、振り返ったりできることは誠実な人だとは思う。
そこに優劣はないけど、才能でやさしい人より努力でやさしい人の方が、よりやさしさの本質に肉薄できる気がします。
以下、一部視聴者への怒りのコメント。
歯並びに関するコメントに我が事のようにムカついて片っ端から低評価押してました。人の容姿に口出しするなんてマジでありえない。インゲンさんが許してもおれは許さないからな。
ダブル実際やってみると難しすぎるけど、例えたらシングルが五目並べダブルが囲碁かな。
先日ダブルバトルでランクマ始めたばかり&レジェアル並行してヒスイゾロアークに愛着が湧いた僕にうってつけの動画でした!
ダブルで活躍させてあげたいので参考にさせていただきます!
「強い人など居ない、強く在ろうとする人がいるだけだ」という言葉があります。優しさも多分同じです。
インゲンさんも仰っているように、私が思う最も大事なことは、"自覚した上で"行動することです。前にも同じようなコメントで語り倒した気もしますが()やはり開き直った人間というのはある種無敵で、ワタシは「良いこと」をしてるでしょう? ほらほら、もっと褒め称えなよ!とノリノリで偽善を謳う人に、誰がその偽善を否定できるでしょう。誰が、自らの本心を棚に上げて否定できるのでしょう?
それに、です。「お前は本当に本心から「良いこと」をしてるのか?」と問いかける人がいたとて、ワタシは「本心からしてるかどうかで結果が変わるのか?」と返します。理想に向かってそう在ろうと努力し心を律する人に疑念を掛けてしまうのは、相手を暴いて自分の安心を得たい欲求から来るものでしょう。実際のところ混じりっ気の無い本心で世のため人のために動ける人なんてほぼ居ないでしょうし、そんな、物語の主人公のような自己犠牲の塊がいたら正直恐怖を感じます。だから、よっぽど自分は人に、貢献しながら、身勝手で、そして楽しく"在る"と開き直って言えるよう、そういう理想のために、私も優しい人間で在れる理由探しに今日も理屈を捏ねています。
なんというか、今回の後語りは聞けてよかったと思いました
たぶんなんですが、インゲンさんは「なぜひとに優しくすべきなのか」ということに納得できていないんじゃないかなあ、と。人間だからもちろん疲れるし気分の乗らないときもある、のに、そんなときであったとしても「他者をより幸せにしないならば存在価値が無いからひとに優しくせよ」、そんな厳しいことを言われても無理のあることと思います。
一度、なぜひとに優しくすべきなのかということを、社会からの要請だから以外の理由で見つけられれば、きっとすっきりするのではないかなと感じました。参考までに、私はその幸福増大に自分の幸福度も加味することで功利主義的になんとかしています
若輩者ですが、自分もなるべく優しく努めてようとしているのでとても分かります
優しさってどこまで行っても機械的な損得なんですよね
感謝の言葉、自己満足、やるべきだったからなど色々ありますが、相手に嬉しいと思って欲しいのも得です
自分の中の損得勘定を把握するのって大切で大変なんだろな〜〜〜って思います
そのうえで、陳腐な言葉ですが「やりたいことをやる」のが良いんでしょう
自己中上等、自分を最優先し、尚且つ余裕があれば他人に気を遣う程度で良いと思います
無理してなきゃ別に他人に得が生まれても自分が損することはあんまり無いですからね
「優しい人」と「優しくない人」がいたとしてそれが個人の自由の範疇を超えていないなら社会的な価値は変わらないと思うけどな、自転車は持ち主が直すし、おじいちゃんは自分の脚で電車に乗ってんだ。みんなインゲンが優しくなくても生きていけるからインゲンも自由に生きたらいい。
めんどくせぇって感じる心って、人間が普遍的に持ってる防衛本能の一種じゃないかなと思います。
これだけ悪意やら有害なものが溢れてる世の中で、そういったものから自分を守る、現世では誰もが持っている本能かと。
それを超えて、めんどくせぇって思いながらも、
他人の心だったりを慮って行動出来る人って私は優しいと思います。
普段コメントしないですが…失礼します。
結論、私はその葛藤が起こることが「優しさ」だと認識しています。
「優しい」の定義は人それぞれなので、優しいかどうかは判断できないとしても…インゲンさんは学校における「真面目」な「良い子」のような印象です。
ルールを守ろうとする、迷惑をかけまいとする、言われたことをなんでも受け止めようとする…世間の言う「優しい良い人」であろうとするその心意気が、本心からの行動以上に大切なことではないでしょうか。
根がどうか、本心がどうかは関係ありません。他者にとっては、実際に起こした言動が全てです。やらない善よりやる偽善です。
以下私の持論になりますが、本心からの優しさというのもは一種のエゴだと考えています。本心からの行動というものは、内容が何であれ「自分がやりたくてする行動」です。それがたまたま世間に評価される行動であれば善行、そうでなければ蛮行愚行と呼ばれるだけで、本質的には変わらないと考えています。違うのは、その価値観を育んだ環境だけです。どちらも自分勝手な行動…一種のエゴです。
ヒトは仏ではないので、すべての善行を快く行うことは不可能です(なんなら神や仏の類も大概ですが…)。しかし、面倒だなと思いながらも行動することはできます。自身の心理に反して他者のために行動する…これこそが、真の優しさなのだと私は考えています。
年齢も近く価値観も近い部分があるので、この手の自分語りも私は気に入っています。
気が向いたときにまたお願いします。